1階の展示空間に佇むのは、たっぷりととられた余白の中に、静かに身を置くモノクロ写真。柔らかいグレーの空から、陽の光を透かして白く輝く桜の花びらや、水面の煌めきが立ち上がります。丁寧に額装された一つひとつの作品が余韻をまとい、日常の中に存在する風景を、大切に、紙の上に留めています。2階の空間には、渦巻く波や夕焼けのカラー写真が、床の上や壁に立てかけられて、情景を立体的に表します。暮らしの跡が残る古い家屋の趣のなかに現れた、人の手の届かない自然がつくり出す光景からは、作家がカメラ越しに対峙し感じた驚きや畏怖の念が一層伝わってくるようです。
日常の中にあるささやかな風景も、地球上で起きている波の動きや太陽の動きも、忙しなく過ぎる時のなかでは影を潜めてしまう程に、当たり前のことのように、私たちの生活に交わり影響しています。人間の営みから切っても切り離せない自然と、そのなかで生きる自分自身さえも、一つの現象として捉えられた時、改めて、自分は何に心を動かされ、写真に残したいと思うのか。「Phenomena」と題されたこれらの作品群は、作家が自問自答を繰り返し、現象とつぶさに向き合い撮影した、視線の軌跡です。
地球上のあらゆる自然の働きから、人間の心に湧き立つ感情に至るまで、私たちを取り巻く世界はあまりにも多様で、複雑で、混沌としています。そのカオスのような現象をあるがまま受け入れてこそ、生きるということではないか。しかし、生命そのものでさえも現象に思えた時、それが美しくあってほしい。そんな、葛藤のなかで希望を見出そうとする眼差しが作品には宿っています。
人の手で時間をかけて現像することで時間性と身体性を伴うアナログ写真は、機械にはないノイズを孕みながら、モノクロの世界に無限の色を織りなします。それと同じように、この世界には、目を凝らすほど敏感に感じ取れる何かがあります。あらゆる現象に真摯な眼差しを注ぎ続けることで、そのなかに美しさという希望が見えてくるのかもしれません。